私はかつて、SNSのインフルエンサーに憧れ、毎日違うコーディネートを披露することに全力を注いでいました。次々と発表される新しいトレンドを追いかけ、流行遅れになるのが怖くて、安価なファストファッションを毎週のように買い漁っていたのです。届いた服を一度だけ着て写真を撮り、そのまま床に放置する。そんな生活を繰り返すうちに、気がつけば私の六畳一間のアパートは、色とりどりの布に占領されたゴミ屋敷になっていました。クローゼットの扉は服が詰まって閉まらず、ベッドの上も服で埋まり、私はいつしかその隙間で丸くなって眠るようになっていました。ゴミ屋敷化した部屋は、華やかな画面の中の自分とはあまりにも対照的で、私は次第に現実から目を逸らすようになりました。しかし、友人から「最近、服が埃っぽい匂いがするよ」と言われたことがきっかけで、自分の虚栄心が招いた惨状に直面せざるを得なくなりました。意を決して始めた片付けでは、タグがついたままカビが生えた服が何十着も出てきて、自分の愚かさに涙が止まりませんでした。服は本来、人を幸せにするためにあるはずなのに、私は服によって自分の生活と心を破壊していたのです。現在は、本当に自分に似合う良質な服だけを数着持ち、毎日丁寧に手入れをして着る生活を送っています。服の量と幸福感は比例しないこと、むしろ少ない服の方が自分を表現しやすいことを、この苦い経験から学びました。私のゴミ屋敷体験は、見せかけの自分を脱ぎ捨て、本当の自分を見つけるための通過点だったのかもしれません。